幸せになるために覚えておきたいこと (1)

1. なぜ私は遅刻できないのか問題

 実は私、遅刻だけはどうしても我慢できない。「遅刻しそう」と思うだけで、どっと冷や汗が出て、手が震え始める。まるで、なにかの禁断症状みたいだ。

「遅刻できない」というのは、私の最大の短所である。そう話すと、多くの人は「別に悪いことじゃないでしょう」と笑う。一般的には、おそらくそうだろう。むしろ、私と約束をした相手から見ると、これは最大の長所であるはず。なにしろ、私は遅刻しないのだ。「彼女は果たして時間通りにくるだろうか」と悩まなくていい。

「遅刻できない」ことで被害を被るのは、主に私自身だ。例えば、「遅刻できない」から、つい早めに家を出てしまう。どのくらい早めかというと、だいたい20分〜30分程度。ひどいときには、約束の1時間前に目的地に到着していることもある。ではよほど暇なのかというと、そうでもなくて、常に仕事に追われている。やらなければならないことが山積みだから、できればその30分を仕事に割り振って、ひとつでもタスクを消化しておきたいところだ。実際、そうすべきなんだろう。重々わかってはいるが、30分前にはそわそわし始めて、仕事が手につかなくなるのだからしょうがない。タスク消化は諦めて、潔く家を出るのが得策なのだ。

 私は、四年前から神保町で「哲学カフェ」を運営している。カフェをオープンした一年目の秋、「締切は守るべきなのか?」というテーマを設定したが、これがなかなか面白かった。この時のゲストスピーカーは、東洋大学でインド哲学を研究している山口先生という方だった。山口先生は、「時間を守るのは常識なのか?」という疑問を掲げ、インドの文化を説明しつつ、「個人の経験や国、組織の気質の違いによって、時間観念の違いが発生するのではないか」と話した。

 そのときの参加者のひとり、フランス人のボサールさんの意見は「時間が守れない人も、時間に厳しすぎる人も、“時間を守れない”という点では同じ。どちらも病気なのだ」。私はこれを聞き、思わず膝を打った。そう、私の「遅刻できない」という癖は、「いつも遅刻してしまう」という人と同じ。実は、どちらも「時間を守れていない」のだ。

 つまり私は、「時間を守れない」という意味において「遅刻魔」と同じ。であれば、「時間を守れる」ようになりたい。30分以上の余白を確保しなくても、手に汗を握らないようになりたい。そうすれば、その30分を有効利用し、タスクの1つも消化できるようになる。そのほうがずっと幸せなはずだ。

 ところが、これがどうもうまくいかない。頭で理屈はわかっていても、体が言うことをきかない。出発時間の30分前になると、「電車が途中で止まることもあるから早めに出たほうがいいのでは」「私はいつも道に迷う。迷う時間も考慮すべきでは」と心の声が余計なことを囁き始める。そうすると、もういてもたってもいられなくなる。

 そこで、はたと考えた。私に余計なことを囁き続ける心の声、これは誰の声なんだろう。私自身、「30分以上の余白は必要ない」と納得しているのに、それを納得していないのは誰なのか。私の中に、私でない誰かがいるということか。

 答えを先に言うと、実は存在するのである。私の中に、私ではない誰かがいる。しかも、私はそれを「心の声」と呼んでいる。つまり、心の中にいるということか。ところで、心とはなにか。心は、どこにあるのか。ただし、ここでいう「心」とは、一般的に使われている「心」とは違う可能性もある。誤解のないように、別の言葉で言い換えることにしよう。仮に「ミカ」と名付けてみる。

 まずは、ミカの住処を探るところから始めることにしよう。試しに、頭で「30分後に出発すれば十分間に合うのだから、その30分を使って仕事をひとつ片付けておこう」と考えてみる。そうすれば、ミカは慌てて反対意見を言うはずだ。その声を逃さず、じっと耳を澄ましていれば、ミカの声がどこから発せられるかわかるだろう。

 実際にやってみたところ、その声は胸のあたりから聞こえてきた。ちなみに、人が言った言葉に嬉しくなったり、腹がたったりすることがあるが、このときにも同じようにミカの声が聞こえてくる。声の出どころは、胸のあたりだ。

 ミカの住処は、なんとなく分かった。次に解決すべき疑問は、「ミカってなんだろう」ということ。先に結論を言うと、実はまだ「ミカ」の正体を突き止めてはいない。ただ、この「ミカ」は決して私の中だけではなく、ほかの人の中にもいるらしい。それは、夫と話をしていてわかった。彼にも、彼自身がどうしようもない「ケンタ」がいるようだ。そして彼も、その扱いに困っているらしい。

「ミカ」は、私の幸せのために役立ってはいない。むしろ、「こうしたほうが幸せだ」と決めても、その邪魔をしたりする。極論をいうと、「ミカ」がいるから不自由なのだ。ただ、なんとなく感じているのは、「ミカ」は「ミカ」なりに、私の役に立とうとしているということ。おそらく「ミカ」は、過去に遅刻して困ったことが起きた経験を覚えていて、「またあんなことになったら大変だから」と心配しているのだ。そう思うと、ちょっと愛着が湧き、無下に「ミカなんていらない」なんて言えなくなる。

「ミカ」の正体がわからない限り、「ミカ」の声をなくすことはできない。しかし「ミカ」の声をできるだけ小さくすれば、声が聞こえても無視することができるから、もう少しマシだろう。声を小さくするコツは、「ミカ」の住処を探る過程で見つけた。「ミカ」の声が発せられるその瞬間、じっと耳をすませていれば、聞こえるか聞こえないかのギリギリまで小さくなる。しかも、声を聞いている瞬間、私は「ミカ」と別人なので、その声に支配されることもない。「ああ、またなんか言ってるな」とクールに対応することができるのだ。

 今日は午後に一件、打ち合わせがある。13時からなので、12時半に準備すれば十分間に合う。おそらく「ミカ」は、12時頃から騒ぎ始めるだろう。でも私は、もう「ミカ」の声に急き立てられることはない。胸のあたりがざわつき始めたら、「どれどれ」と自分のなかの声に耳を澄ませればいい。それだけで、彼女の声は小さくなる。もしかすると、彼女に「今日もご苦労さん」なんて優しい声をかけられるかもしれない。
(2018年01月30日 13時06分)